前回の追記です。


人によるかもだけれど、ゲーセンで思いっきり燃えたゲームが、家庭用に移植されると聞いて歓喜して、待ちわびて、いざ発売されたので買ったら、思ったほどプレーしなくなった、という経験はないだろうか。 

私の場合、リアルタイムでアーケード→家庭用というものはほとんどなかったのだが、当時燃えに燃えたインベーダーとかギャラクシアンなどが、PC版や家庭用ゲーム機で発売されても、あまりやり込まなかった記憶がある。ゲーセンだと、軽く10回は遊ぶのに。
 
もちろん移植の完成度はあると思う。
画質、音質、動作スピード。
筐体もあると思う。
スティックやボタンなどの操作感、その違い。
その他いろいろ。
1980年代のアーケードゲーム時代は、明らかに家庭用PCが能力不足だったので、画質を重視すると動きが遅くなったり、動きを重視すると画質、そして音質はあんまり期待できないという仕上がりになった。

それが大きく変わっていくのはファミコンの登場を待たねばならず、ファミコンが登場した時には、今度はアーケードも大きく変化し、スタンドやテーブル形状から、筐体に跨ったり入り込んだりするタイプも登場し、やはりゲーセンと家庭用は大きく乖離していた。

しかし、それらよりも、「お金を賭ける(使う)」というのも大きいのではないだろうか。
家庭用に移植されたら、「これ1本買えば、もうゲーセンでお金を使う必要がなくなる」と思うのだが、家で遊んでもいまいち燃えず、数回やって終わって、しばらくは積みゲーになってしまう。
ゲーセンだとお金を使う。そして負ける。悔しいからもう一度やってみる。負ける。さらに、、みたいなのめり込みがあったような記憶がある。

1日で1万円札が消えてしまった事もある。
大人ではない。小学生の頃の話だ。お年玉を全消費した。


終わってしまって、何も残らない虚しさを感じた。
それまで、500円とか、1000円を使ったことはあるけれど、あれだけ莫大な金額を消費したのは、後にも先にもあの時だけだった。

それだけ、ゲーセンにはハマったのだ。

以上、あくまでも個人的な経験。

とりあえず、この話はここで終わる。
アーケードと家庭用を比較する意味があんまりないからだ。
お金を賭けるうんぬんも、あくまでも個人的な経験にすぎないし。

さて、
依存症になりやすい、というか、誘惑に弱い私が、何故かパチンコだけはそうならなかった。 

パチンコなんて、ちょっと前のブームのとき、いくつもの私の好きな要素があって、のめり込む危険性があった。
一つはあの「密」な空間である。タバコ臭い、人が多い、なんだか電子音でうるさい、あの空間はかつてのゲーセンそっくりである。

そして、アニメなどをモチーフにして、それらのファンでパチンコには全く興味のない人たちをも引き込んでいった時期があった。

あと、ゲーセンはお金を溶かすだけだが、パチンコは場合によっては景品などなどがゲットできることもある。

最強である。

ハマらない要素などない。

しかし、結果的にはそうならなかった。
二つ要因がある。

一つはもちろん、小学生で1万円を溶かした記憶。
あの虚しさを、子供のころに体験した経験は貴重だった。

もう一つ。高校卒業後、専門学校のような短大に通っていたとき、パチンコ台の管理システムの開発関係のバイトをしていた。
台番号とか出玉率とかの管理システムなのだが、その仕事では、やはりパチンコもゲーセンに近いくらいに金を消費してしまうシステムのだ。金額は比べ物にならないほど。


もしこの二つの経験がなければ、今頃パチンコにハマってて家庭など顧みなかった可能性もあるし、当然そうなればひなもりよわらなどのイラストもなかったのかなとは思う。


今、コロナ禍で厳しい現状だが、状況が許せばゆっくりゲーセン巡りしてみたいと思っている。