どこかで書いた記憶があるけれど、どこかは忘れたので再度記すことに。

自宅から最も近い駅は、国鉄筑肥線・西新駅だった。

以前も書いたが、自宅からは約2kmちょっと。歩いて行くには全然「最寄り」の駅ではない。それに、この西新駅から福岡市の中心地・天神へは乗り換えなしでは行けず、さらに、西新駅そのものも、国道から少し入った場所にあったので、少なくとも飯倉地区からは「あってないような駅」という存在だった。バス網がそれ以上に便利だったのも大きな理由だ。

朝、小学校に通う通学路で、西新駅を出発する列車の警笛が「プワン」と鳴るのが聞こえることもあった。当時の国鉄、いや門鉄局? は、列車の発車時に必ず警笛を鳴らしていた。

つまり西新駅との日常のつきあいは、以上であった。

しかしながら鉄道少年ではあるので、身近な鉄道路線に触れてみたいという思いもあった。
私にとってのそれはもちろん、筑肥線だった。


現在の国道263号線、荒江二丁目交差点。ここがかつての筑肥線踏切。
西新駅はここから西に2〜300mほど入ったところ。 

踏切から、遠方にホーム上屋と腕木式信号機が見える。
小学生なので、学校が終わってから訪れることが多かった。赤い夕日の中にそれらがぼうっと映えていた。その中には、スプリングポイントの幻想的な紫色の信号灯も見えている。 

踏切が鳴ると下り列車が西新駅に滑り込む。そして次に上り列車が博多へ向かう。国道を走るドライバーはこの長い待ち時間をどうしていたのか、それは見たことはないが、そこそこ混雑する道路を、筑肥線ののんびりとした気動車列車が横切るのは、街の交通政策上好ましくないことらしかった。

西新駅はバラックのような作り…… と後に書かれているのを見たが、不思議とあまり記憶がない。待合室はそこそこ混み、窓口では切符を買う人も多い。切符はもちろん全部硬券だ。行き先を指定して買う人もいるし、「〇〇円区間」と金額を指定する人もいた。

こんなに多くの人がいるのに、廃止されるんだな……と思った。もちろん地下鉄への「平行路線」だからなんだろうけど、ここから地下鉄西新駅までは遠い。同じ名前なのに、確実に1km以上離れている。

改札を入ってホームで列車を待つ。駅員がポイント切り替えや信号の「てこ」のあたりで赤い旗を持って立つ。タブレットも持っている。私の「ひなもりよわら」の物語、邦鉄の世界はこれが恐らく原点になっているんだろうと思う。とはいっても、ちょっと前までは、どこの国鉄線でも当たり前に展開されていた景色ではある。
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さて、ここから博多駅まで行くために乗った列車の記憶はほとんどない。確実に数回乗っているはずなのに、完全に忘れてしまっているのは、その後の博多駅で繰り広げられる、各種特急・急行などの出会いの印象が強すぎたからなのだろう。地味なキハ35系などは、忘れても仕方ないのかもしれない。


ただ、一度だけ強烈な記憶として、「博多駅から西新駅まで」乗ったことは残っている。 このときは、友人K氏と一緒だった。博多駅で切符を買い、筑肥線列車に乗って、西新まで到着する……のだが、このときの切符を、どうしても手元に残したかった。普通の切符(ただし自動券売機の軟券)だが、子供には貴重なものだったのかもしれない。

その友人Kと、
「これ、取っておきたいよね」
「でも、駅に着いたら回収されちゃうよ」
「『ください』って言ってもダメかな?」
「前、博多駅で『欲しい』と言ったけど、『決まりだから』って結局回収されちゃった」
「そっか……」
などの会話をしていたが、それを隣にいるおばちゃんが聞いていたのだと思う。

「駅に着いたら改札の反対側に行って、そこから道路に出ればいい」

考えてみたら、最大の怪しい行動ではある。
到着した列車から改札を通過したくない=キセル疑惑、なのだが、小学生の我々は妙に納得して、「その手があったか」と思った。額面通りの切符を持っていて、何の後ろめたい気分もなかったことが、一つはあったのかもしれない。

西新駅に着いた。
たくさんの人が降りる。
列車が動いても、まだホームに人がいる。
そこで、私たち二人は、こっそりホームを降り、線路を歩いた。
線路ぎわに勝手踏切があって、そこから抜け出すことに成功した。
見事、手元には、博多駅から、西新駅までの金額が記載された切符が手に入った。

指定された場所以外でホームを出る、線路を歩く、鉄道敷地内を横切る。
今だと確実に「害悪鉄」な存在だが、40年前、線路を歩く人は多かった。改札を通過しない人もいた。
しかし、それをいまだに覚えているのは、当時やったことが「よくないこと」と分かっているからなのだろうと思う。

残念ながらその切符は、手元にはない。 
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こう書くと、なんだか以前、サボを盗んで琵琶湖に沈めた事を告白した、某レールウェイ・ライターみたいな感じが、しないでもない。

ひょっとしたら、
「なんだこいつ、犯罪告白かよ」
と思う方もいるかもしれない。

そう受け止められたら非常に申し訳ないが、他人の財産を奪ったり運賃を誤魔化したわけではないので、強烈な西新駅の記憶として、あえて記しました。