自宅は早良区にあったので、西鉄電車とはほぼ無縁の日々を送っていた。

一番近かったのは福岡市内線の西新停留所だと思う。しかし廃止されたのは小学校低学年の頃。電車に乗ったどころか、電車そのものを見た記憶はほぼない。
廃止に際し、立派な図柄の、無料乗車券らしきものを親がもらってきてたように覚えている。写真ではなく、写真調のモノクロイラストだったような記憶があるが、ネットで検索しても見かけない。それがあったのにも拘らず、乗らなかった。


そんなわけで、市内線がなくなって以降、西鉄電車は市の中心および東の乗り物だと思っていた。

ところが転機が訪れ、太宰府の学校に通うこととなった。わずか2年であるが、その間、西鉄電車ユーザーになれたのだ。

朝、地下鉄もしくはバス経由で西鉄福岡駅へ向かう。太宰府行きの電車もあれば、二日市で乗り換えて太宰府へ行くこともできる。 二日市と太宰府はわずか2駅、しかも二日市で進行方向が変わる。こんな支線にわざわざ直通を用意している意図は分からないが、学校に通うのにちょうどいい時間帯に、そういう運用があった。

日中は基本30分ヘッドで8000形特急、2000形急行を運転していたが、朝夕のラッシュ時は雑多な車両が入り時混じり、5000形の特急もあれば、8000形の普通もあった。私が乗る太宰府ゆきは、この8000形を使っていた。ラッシュと反対方向なので空いていて、よく先頭車両の展望席に座れた。しかし毎日乗って前方を眺めていると飽きる上に、終点の太宰府は進行方向が逆になっているので、駅出口とは正反対の最後尾だった。ゆえに、いつしか座る場所も列車の中央付近になった。

二日市で太宰府線に入るのだが、進行方向が変わるといっても途中に西鉄五条があるだけのミニ路線なので、誰も転換シートを反転させなかった。

その二日市には、まだ車両基地の設備が残っていた。すでに筑紫基地へ移転し、車両配置もすべてそこへ移っていたはずだが、線路や車庫などの一部が残っていて、そこにまだ300形が顔を見せていたように記憶しているが、ひょっとするとこれはそれ以前に訪れたときのものと混同しているかもしれない。太宰府への学校へ通い始めたのは1989年頃(平成元年)あたりなので、つじつまが合わない気がする。

さて、ようやく宮地岳線。

ほぼ鹿児島本線と並走する同路線だが、2両もしくは3両のフリークエントサービスを実施し、しかも、ほぼ全駅に駅員をおき、列車そのものは完全ワンマンとする合理的な運営だった。車体側に発車ベルを搭載し、運転士がそれを鳴らすというのも、個人的には斬新に思えた。

導入されている車両は大牟田線のお下がりばかりで、私が訪れた頃はすでに生え抜きの旧型はいなかった。黄色+赤帯という、大牟田線特急と同じ塗装でイメージアップを図っていた。
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旧型はいないといってもすでに300形も313形もいわゆる旧型である。ただ、300形でも、運転台を非貫通型にしたタイプは、一見新車に見えた。

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終点に津屋崎に行ったのは一度だけで、特に何もない、簡素な雰囲気の、いかにも私鉄の終着駅という感じだった。もしかすると名前の通り宮地嶽神社だけが目的で、津屋崎はおまけだったのかなとも思うけれど、わざわざ延長開業しているのだから、何らかの予定があったのだろうか。

福岡市交通局の地下鉄が、貝塚まで延長開業したときに、将来的には宮地岳線と直通運転するとしきりに計画を披露していた。
どちらも同じ直流1500V、1067mm軌間なので、大規模な軌道改修は必要ない。
その前提として貝塚駅はそれぞれ西鉄と地下鉄が相対する配置となり、その気になれば、いつでも線路は繋げられるような設計となっていた。
かつての筑肥線みたく、非電化路線をわざわざ九州に存在しない直流電化させ、しかも西唐津まで延々と走らせ、その間の駅全てに6両対応工事・ホームかさ上げなどをするよりも、はるかに低廉に思えた。

しかしながら、それはなかなか実現しない。
いつ直通するのか、どういう形で直通するのか、そういう話題ばかりが出ている最中、その宮地岳線が赤字という事で短縮される事態に陥った。名称も貝塚線となった。


西鉄新宮から先、古賀ゴルフ場前とか、花見とか、面白い駅名があったのだが、それも廃止となった。あれだけフリークエントサービスを実施し、そこそこ沿線人口も多いはずなのに、それでも廃止となるというのは、福岡ではなくそれ以外の地方ローカル鉄道事業者にとっては何とも言えない状況なのだろうけれど、大手私鉄ゆえの葛藤があったのか、それとも、鹿児島本線に完全に客を奪われていたのか。

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そして、沿線にある「かしいかえん」も、2021年末で閉園となる。

かつては福岡市民のちょっとした遊園地として親しまれていた同園。
以前、「かしいかえん号」という塗装(ラッピングではない)の120形もあったのだが、たまたまそれを撮っていた。